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「婦人画報」5月号に掲載されました

婦人画報5月号は、「東京ガイド」ですが「熊本」も濃く扱ってくださっています。
ちゃんとくまモンもおりました・・・
写真z
当館収蔵資料の宮本武蔵筆の書状が「あとぜき!」とからめての紹介。
おもしろうございました。
写真
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| 当館掲載新聞・雑誌紹介 | 11:24 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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casa BRUTUS にご紹介いただきました。

casa BRUTUS 2012年6月号
1217008.jpg
九州の友人が教えてくれた、
「九州、2泊3日。」

P.157で長崎書店長崎健一様より当館をご紹介いただいております。

熊本の温故知新を満喫できる旅、是非お立ち寄り下さいませ。

| 当館掲載新聞・雑誌紹介 | 10:22 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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当館館長の「私のこの一冊」

熊本日日新聞 8月5日朝刊掲載記事のご紹介

「私のこの一冊」4 にて、当館館長の選んだ一冊は
 ⇒ステヴァン・ハヴェリャーナ著『暁を見ずに』

フィリピンのルソン島で父親が戦死した館長が、35歳の時に出会った本。
太平洋戦争における日本兵の暴虐が、フィリピン人のたちの生活を
いかに壮絶な闘いの日々にかえていったのかが描かれています。
間もなく今年も終戦記念日。

ニンジンボク

| 当館掲載新聞・雑誌紹介 | 16:22 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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熊日新聞1月30日掲載記事紹介 『おとよおばさんの錦絵』 島田美術館館長 島田真祐

 企画展出陳作地方武士の江戸土産  
      nishikie.jpg
       
       
 家中の皆からおとよおばさんと呼ばれる老女が、筆者の幼少年期に我が家におられた。
皺んだ小さな顔貎はかろうじて憶えているものの立ち居振る舞いの様子となるととんと思い出さないのは、永年奥座敷の脇部屋に臥しておられたからか。後に知ったのだが、その人は筆者の祖父真富の叔母で、若い時分に二度他家に嫁ぎ二度とも離別して甥の祖父の家に戻ってきたという老婦人だった。

 初婚の相手は八代出身の海軍将校で、新婚時代の数年は夫の任地の東京住まいだったとか。なにせ日清戦争前後のこと、不縁の理由もいきさつも定かでない。ただ再婚先も八代の人だったのは、祖母の実家と同姓だったのでもわかる。それも近い親戚の家だった。しかし、二度目の不調の顛末も当人没後半世紀を過ぎた現在知る人とてない。

 黴臭い私事から始めたのには理由がある。
当館で開催中の『田舎武士の江戸土産  錦絵にみる近くて遠い江戸』展の出陳作の大部分、ことに後期歌川派の国貞(三代豊国)、国芳、広重画による芝居絵、美人絵、武者絵、名所絵(ほとんど大判二枚続、三枚続)の類は、件のおとよさんの旧蔵品と思われるからである。因みに、最初折本装の画帖だったものを、現在は台紙から剥がして一作ごとに額装にして展示しているが、もとの画帖の仕上がりは貼り斑があり、どこか素人くさいものがあった。

 生前のおとよさんについてただ一人温湿度の漂う記憶を保持している筆者の叔母によれば、おとよさんは大変な芝居好きだったとか。叔母の小学生から旧制高女生の頃、つまり昭和初頭期、旭座(新市街)や歌舞伎座(練兵町、現辛島町)への観劇によく連れて行かれたという。彼女の芝居好きは、あるいは明治三十年代の東京住まいの頃に身につけたものか。

 しかし、その時期に自身で集めた錦絵にしては、国貞、国芳の最盛期と優に四、五十年の隔たりがある、つまり明治期の作が皆無というのが気になる。むしろそれ以前、彼女が熊本か八代に住んでいた頃に飽かず眺めていた東錦絵に触発されての在京時代の芝居好きへ傾斜と考える方がより自然のようだ。とすれば、その錦絵類は、いつ、誰によって肥後のおとよさん所縁の家へもたらされたのだろうか。

 江戸時代後期に地方の武士の家にも江戸の浮世絵(風俗画)が伝わったことはよく知られている。藩主参勤の御伴で江戸へ行った多くの武士たちが、手頃なお土産の一種として各々の郷里へ持ち帰ったものという。江戸絵、東錦絵と呼ばれてもてはやされたゆえんである。映画、テレビ、ラジオも新聞、雑誌もなかった時代に、都市生活の新しくまた享楽的な風俗や雰囲気を明解ビジュアルにかつ刺激的に伝える有効な情報伝達手段の一つでもあった。初めて将軍の都江戸の地を踏んだ諸国の田舎武士にとって、また多様で色鮮やかな多色摺り木版画を目にした郷里の人々にとって、江戸という都市はまさに夢の華咲く世界に映ったに違いない。

 おとよさんの二度の嫁ぎ先は両家ともに八代の士族。つまり両家の先代までは松井家に仕える武士であった。八代城をあづかり代々大藩肥後細川家の筆頭家老をつとめる松井家の家格は抜群に高いが、隔年の参勤交代を義務づけられていた大名一般とは異なり、その江戸参府は将軍家代替り及び当主引継ぎ時に限られていた。その最後が、安政三年(一八五六)、松井章之の将軍家定への御挨拶のための参府であった。安政三年といえば、明治維新(一八六八)まで、わずか十二年を残すにみ。明治四年生まれのおとよさんの世代からすれば、後に夫となる二人の旧八代士族の親父殿方がその江戸御伴に加わっていたとしてもおかしくはない。
 なによりこの頃、「豊国にかほ(似絵)、国芳むしゃ(武者)、広重めいしょ(名所)」の評判が定着していた後期歌川派の絶頂期。しかも、この頃江戸市中に数多くあった絵草紙屋で売られる錦絵の値段は大判一枚当りおよそ二十文(約四、五百円)前後が相場。お手軽かつ蠱惑に満ちた江戸土産を、日頃はむづかしい武家面をくずした親父殿方が競って買い求める姿が思い浮かぶ。

 さて、その先代からの貴重な江戸土産を、いずれの嫁ぎ先からか頂戴してきたとすれば、おとよおばさん、なかなか油断のおけない珠だったといわねばなるまい。              

                                                                                             

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婦人画報1月号!!

婦人画報1月号に、当館の収蔵品が掲載されました。

   FUJINGAHO-1.jpg
            「婦人画報1月号」13ページ掲載

胡粉で48種類の桜が雲英(きら)に描かれた“桜絵合カルタ”(江戸末期)。
一般のカルタの様に競って遊ぶうちに、日本の桜と、文字・書体を習い覚える事ができるもの。

現在、開催中の『田舎武士の江戸土産』ー錦絵にみる近くて遠い江戸ーにて錦絵の展示に華を添えています。


edmiyage.jpg 本館展示『田舎武士の江戸土産』 3月23日(月)まで開催




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